古楽器やバロック楽器に関する誤った理解が広まっていることを、この数年間、多くの場面で感じました。
多くの人が「バロック・ヴァイオリン」と聞くと、あご当てが無く、フィンガーボードの短い、変わったテールピースやガット弦などを使用している楽器、バロックチェロの場合はそれに加えてエンドピンが無い楽器、を想像します。しかしこれらは外見的な特徴であって、最も重要な点ではありません。
バロック楽器と現代楽器の本質的な違いはテンションの差にあります。バロック(-1750)や古典派(18世紀後半)そして19世紀も含めた楽器などは、すべて現代の楽器に比べてテンションが低いのです。一つの楽器にどれほどのテンションがかかっているかは、ネックの角度と弦のゲージの違いによって左右されます。
これから17世紀から現在にかけてのヴァイオリンの進化を簡潔に説明し、次のページ、 ではそれぞれの時代の楽器のテンションの測定結果を掲載します。
バロック・ヴァイオリン の 駒
18世紀後半ごろまで、ヴァイオリンは図面1のように作られていました。
ネックの根元になる部分(図面1のD)は側板と同じ高さで、AB軸にそって水平に取り付けられていました。
ですから実質上の駒の高さ(図面1のC)は先細りした指板によって作られていたのです。そのためネックと指板の合わさった厚みは均等ではありません。糸巻き部に近い部分は薄く、そして本体に近い部分は厚くなっています。
図面1
なお指板はさらに短く、現代のように全体が黒檀ではなく、より軽い木を黒檀と組み合わせて作られていました。テールピースも同じ方法で作られています。
この方法では、弦が駒に接触して曲がる時の角度(X)が緩やかなので、裏板と表板にかかるテンションは低いのです。そのため、バロック楽器には頑丈なバスバーは必要ではありませんでした。なおバロック楽器の弦のチューニング(調弦)は現代楽器より多少低く(大体415Hz.)、また低いゲージのガット弦が使われていました。このような特徴が総合的に働いて楽器の音量を小さくしていたのです。ハープシコードやその他の古楽器と演奏するのに相応しかったことでしょう。
18世紀後半以降が楽器制作の過渡期でした。ヴァイオリンは、力強い明瞭な音色が出せるように、高いテンションにも耐えられる物に改良され、それと平行して弓も同様に進化しました。ピアノフォルテの実現もその発展に重要な貢献をしたとも言えるでしょう。テンションが上がるにつれ、音のピッチも上がり、「モーツァルトチューニング」と言われる430Hz.あたりが一般的に使われるようになったのです。
図面2は十八世紀後半の古典楽器です。
ネックと指板の合わさった厚みを均等にするため、ネックの根元は多少高くなり、AB軸からは外れて傾斜になって取り付けられるようになりました。これによりXの角度がきつくなり、表板と裏板にかかるテンションが高くなります。その上昇したテンションをサポートするために頑丈で強いバスバーが取りつけられました。
図面2
もちろん、ヴァイオリンの構造における進化はその当時の音楽の発展を反映しています(その逆もあり得ますが)。音域が広くなるにつれて高いポジションでの演奏が求められるようになり、これまで以上にポジションの移動が頻繁になりました。図面2のEの切り込みが深くなり、細くて厚みの均等なネックが開発されたのは、ポジションの移動をよりスムースにするためだったのです。また指板の長さが伸びたのも、楽器の音域を広げるためでした。
19世紀と20世紀を通じて、そして今もなお、ネックの傾斜は大きくなり続け、弦のテンションはますます上がり続けています。
図面3を見て下さい。ネックの根元はさらに高くなり、上ナットの位置がAB軸と同じか、それより下がるほどネックの傾斜は大きくなりました。また駒の高さもそれに応じて高くなり、これにより弦の角度が大きくなるので、楽器本体にかかるテンションは上がります。したがってその圧力に耐えるために頑丈なバスバーが取り付けられました。さらにゲージの高い弦が使用されたり、楽器のチューニングが440Hz.まで上がることによって、現代ヴァイオリン特有の力強い、明瞭な音色が生まれるのです。
図面3
ここで行なった楽器構造の描写は(ここで説明している制作方法は)、原型のネックの姿を留めた現存する古楽器や、17、18世紀の図像や絵、そして文書の研究に基づいたたものです。これらの資料はすべて、古い楽器の弦の角度が緩やかだったことや、軽いバスバーが使われていたことなどを裏付けています。
このページで使われている駒の高さは、指板の延長線をたどった実質上の高さであって、実際の駒は弦を指板から浮かすために、さらに高くなければいけません。これにより弦の角度は表示してある角度(X)よりもさらに大きくなります。
次のページでは、それぞれの時代の楽器の理論上(図面上?)ではなく実際の弦の角度やテンションをはかります。